悩む
どうせダメだ
やる気がでない
がんばってもムリ
どうしていつも私はこうなんだろう。。。

…と自分を責めて落ち込んでしまう。
こんなことはありませんか?

自分を受け容れるとか
好きになることが大切だとか
そんなことは分かっているけれど、
それがとても難しい。

後悔し自分を責めることは誰にでもあるし
後悔を好機に変えられたら
それは意義のある時間になります。

また人生の歩みの中で
例えようのない悲嘆により
一時期、自責と後悔で打ちひしがれることもあります。

しかし、そうではなく
日々がその繰り返しで埋め尽くされているのなら
それには理由があります。

そして
その答えは意外にもカンタンです。

それは
「自分という人間は取り替えがきかない」
ということを意識できているかいないかによるものです。

意識できていない状態というのは
どんな自分であっても
この人生を自分が歩いていかなければ
誰も代わりに歩いてくれない…
ということに覚悟を持って臨めず
動きが止まっている状態です。

「やる気がでない」…と動き出さないのは
「どうせムリ」という悲観性と
「やればデキル」という可能性が
混在する複雑な心持ちです。

「自分の代わりは居ない」…なんてこと
誰でもわかっていることなのですが
人との比較でどうにも動きが取れなくなることもあるでしょう。

この当たり前のことを意識できると
苦しみながらも何をすればイイのか?….と自問し
課題を見つけようとする行動に変わります。
そして課題が見つかると人の言動は変わります。

そのためにも、他人が自分をどのように
見ていようとも、自分だけは自分をあきらめない。
「自分を温かく見つめる」ことで
自分に集中する状態が生まれます。

しかしそれもまた難しいと感じることもあります。

そんな時、足元を照らす存在があると歩みが変わります。
書籍や憧れの人、仲間づくりなど新しいことを覗いてみよう
という興味関心のアンテナを伸ばしてみる。
「生きたい」「知りたい」「仲間をつくりたい」という本能を満たす思考は
足元を照らす一助になってくれます。


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