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幸せになるために必要な条件が明確であり、それが手に入れば幸せになる。そのようなことがあれば誰もが知りたいはずです。ただ、人それぞれその形が違い、そう簡単でないから追い求めたくなるのかもしれません。

そこで、ひとっ飛びに幸せになることは難しいのですが、近づくためのヒントになれば…とお話をご紹介します。それは故・河合隼雄氏(心理学者)が安藤忠雄氏(建築家)の幸福論から語ったものです。

安藤氏は「建築物はこういうものだ、美術館とはこうあるべきだ」という考えに縛られ、自分の感覚や判断など自由な発想ができない状態はよくない。人は固定観念があり、それに縛られると自分の良さが生きてこない」と述べたそうです。

これに重ね河合氏は、
幸福についても「これが幸福に至る道だ」というものはない。むしろ、決まった道があると思い込みそれを追い求めていることで不幸になっている」と語った。

ここで言う「決まった道」というのは「正解」を意味しています。正解を探し求めるあまりに自分の感覚に耳を澄ますことなく自分以外のものに判断を委ねる姿勢が迷いを生むのではないか?…と私は受け留めました。

正しさを求めたり、自分以外の誰かになろうとすることで、結果的に自分の感覚が失われる。そうして本当に自分が求めるものから遠ざかっていく。
自分の感覚に耳を澄ますというのは、面倒で厄介なことかもしれない。ただ、これを省いて世間の言うスタンダードな幸せを自分に当てがって生きることで本来の自分との間にズレが生じます。

世間の言うスタンダードな幸せって?

それは条件としての幸せです。
経済的、物理的な豊かさ、学歴など人によって様々でしょうし限りがありません。

このような条件づけられた幸せと自分の内面が喜ぶ幸せとの間のズレ。
これが生じると単なる日々の面倒、厄介だけでは済まされない人生レベルの厄介ごとに発展します。

幸せになりたい…と漠然と考えていてもつかめない。

心の声に耳を澄ます
⇒自分の人生に真剣に向き合う
⇒心が躍るように生きるってどうすればいいのか?を考える⇒
その中で浮かんできたことを少しずつでも実行する
⇒幸せへの方向が見えてくる

この矢印が正しいかどうかはわからない。
ただ、「幸せへと近づくため真剣に向き合う」そのプロセスを「幸せ」と捉えることができるのではないでしょうか?

安全に平和に無難に…とうわべの(条件的な)平安を求めるより、自分の芯が喜ぶことを見つけたい…と自分に向き合うことをやめない、あきらめないことなのだと示唆されているように感じました。

河合氏曰く
「せっかく生まれてきた自分、そんな自分の物語を創る」
このフレーズが胸に響きます。

スタイル抜群の人が似合う服を着ようと頑張らなくても、自分に似合う服を自分で作ればいいのではないか…と思うと少し気がラクです。
こうでなければならないと形のないルールにこだわらず、
どんな世界に足を踏み入れるかについて選ぶ自由を自分に許すことから始めてみてはどうでしょうか?


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