幸せ1
心がつらくなる時、そこには人との比較があります。
私たちは他人との比較で幸不幸を量ることが多いようです。

ひと昔前に流行った表現に「勝ち組・負け組」というのがあります。その後「win-win(両者勝ち)」の関係という表現が主流になっています。どちらにしても「勝つ」という表現が入ってます。

何に勝つの?
誰より勝るの?

誰かより優れていることに安心し
劣っていることに不安・焦りを感じる。

苦しみという点で戦中戦後を振り返ると、今より貧しい人が多く苦しい時代であったにもかかわらず、今のような精神的苦痛は少なかったようです。

それは、自分だけが貧しいのではない。
自分だけが苦しいのではない。
みんな貧しく苦しかったから比較しても辛くなりにくかったのです。

では格差が広がる今の世で、心休まる時はいつなのでしょう?

不安と焦りを感じながら常に走り続けるのか?
それとも、あきらめの道を選ぶのか。。。

そんなふうに二者択一を迫る今の自分が一番辛いのではないかと思います。

比較して「勝ち負け」「優劣」を感じるのは、その比較自体に、本人の軸(何を大切に生きているか?)が見え隠れします。

学歴?
職業?
収入?
ルックス?
子どもの学歴?
パートナーのポジション?

知らず知らずの内に比較してしんどくなっているなら、この「知らず知らず」の状態を意識にのぼらせ「ホントにこんな比較は必要なのか?」…と自分に問うてみませんか?

確かに、
比較することで見えてくるものはあります。
比較すること自体は決して悪くないし、比較しないとわからないこともあります。

熱い・冷たい
希望・絶望
自由・不自由
悲しみ・喜び

反対の状態があることで、今を感じることができるのが私たちです。

何に基準を置いて生きているのか?…に立ち戻ることで、
その比較の中にあなたの本質が見えてくるでしょう。

有益な比較であり、自己を励ますものならムダではありません。
しかし、あなたを苦しめるものなら止める選択も考えましょう。

比較自体を否定する必要はありません。
ただ、受け止め方に変化をつけると心模様も変わります。

まず、「私は、比較してしんどくなってる」…と自分の気持ちを少し離れた所から眺めるように確認します。
そして、比較で見つけたギャップを、ただ事実としてだけ受け止めてみる。
比較しているその感覚自体に善悪をつけない。

比較の結果について、例えばパキスタンやバングラデシュなどのスラム街の住人の幸福度はたいして低くなく、東京やNYなどの大都市の人の幸福度は低いといわれています。
このことで、幸福度の基準に違いがあることがわかります。

幸福に対する考え方によって比較の仕方、そして結果も変わってきます。

あなたが幸せだと感じるのはどんな状態なのでしょうか?
考え巡らすきっかけになさってください。>>>幸せの条件


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